ミッション、価値観、ビジョン

「知識による権威」と「地位による権威」

2008年 5月 18日

私自身は技術者としてキャリアをスタートさせ、次にマーケティングへ職を変え、そして今は企業経営を仕事としている。 キャリアの後半はマネージャとしての役割を担った。  また、一貫してハイテク/IT関係の仕事をしてきた。

このような経験から言えることは、少なくとも高度な知識をベースに仕事をするような業種においては、誰でも意思決定に参加すべきなのだ。

ピーター・ドラッカーが著書「経営者の条件」の中で述べているように、「知識による権威は、地位による権威と同じように、正当かつ必然のもの」であるべきなのだ。

もし企業のあらゆる意思決定が地位の権威のよってのみ行われるとしたら、いつかどこかで取り返しがつかないほどの間違った意思決定をすることになる。

ロゴスウェアの価値観として、「オープンな議論」を掲げるのはこのためだ。

すべての意見、問題点はオープンな自由討論の場で話し合われるべきだ。 上司の顔色をうかがったり、優勢な意見を見極めようなどとしてはいけない。 自分自身の意見を率直に述べることだ。

一人一人は 、ある特定の分野での専門家としての権威を持って議論に参加すべきだ。知識を発揮できる領域は非常に限定されたものかもしれない。しかし、その範囲内においては紛れもなく専門家である。

私をはじめ経営管理者にはその専門知識が無い場合が多い。 しかし、経営管理者は意思決定に俯瞰的な視点を組み入れることができるだろう。何と何を組み合わせるとうまくいくかを経験的に知っているかもしれない、実行の妨げとなる組織上の課題や資源の問題などを考慮するだろう、過去に同様の課題に取り組んだ例を知っているかもしれない。

「知識による権威」と「地位による権威」を最適にバランスさせるには、オープンさが欠かせないのだ。

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自由と平等

2008年 2月 20日

歴史を振りかってみれば、民主主義というものが始まったのはそう昔のことではないようだ。 アメリカ合衆国は、1776年の独立宣言で「自由」と「平等」を高らかに謳い上げるが、その後長いこと奴隷制度はあったし、ヨーロッパ文化を引き継いだ階級意識のようなものも存在した。

しかし、アメリカは高い理想を掲げた。人民主権の国がうまくいくかどうかわからないが、とりあえずやってみよう、となった。 壮大な実験が始まった。

「一般国民の多数決で正しいことなんて決められるわけがない」というのが当時のほとんどの国の考えだ。「しかるべき人たちがしかるべき方法で決めるのがよい」と考えられていた。 つまり、専門知識も何もない一般国民に国の大事なことを決めさせるなんて危なすぎる、としかるべき身分にいる人たちは考えていたのだ。

多くの論争と時には血を流す戦いの末、一歩一歩、民主主義は成長し、ついには1917年の対ドイツ宣戦布告文の中でアメリカは「世界の民主主義のために戦う」と謳うことになる。

今は当たり前のように思われている民主主義だってこのような長い歴史の中で作られたものであるから、ウェブの世界で話題になる「群集の知恵」(Wisdom of Crowds)が広く浸透するにはまだ多くの実験が必要だし、時間がかかるだろう。

実空間の民主主義だって完全にすばらしく機能しているわけではなく、今だって理想に向かって進んでいる状態なわけだから、仮想空間の群集の知恵が今完全に機能していなくたって、なんら問題はない。

そのような仮想空間の世界を理想的だと思う人たちと、馬鹿げた世界だと思う人たちが両方いる。

「ウェブの世界は玉石混交だ。くだらないもの、間違ったもので溢れかえっていて信用がおけない。その点、既存メディアである新聞やテレビは信頼に値する。」と権威のある人たちは言う。

ただ、私はウェブの未来を信じるのだ。 民主主義が、身分とそれに付随する特権から人を開放して、自由と平等を推進したように、ウェブは新たな人間の解放を成し遂げると思う。

いま私たちには、貴族とか農奴とか奴隷とかの身分制度はない。貴族だけに与えられていたような特権もない。しかし、社会にはまだ不平等なところがあるのだ。

日本の官僚はずいぶんと好き放題をしているようだし、組織の中でも何か納得のいかない理由で一部の人たちに権限が集中しているということもあるだろう。 

何がそうさせるのだろうか?

その一つの原因は、情報が開放されていないからではないかと思うのだ。ある特定の情報を握ったものが、それを抱え込み、それによって自分を権威付けしているのでないか。

「知と情報」が開放されたら、人間は次の次元の「自由」と「平等」を手に入れるのではないか。それがウェブが担う役目なのだと思う。

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問題に直面したとき

2007年 12月 22日

問題に直面したときに人がとる行動は次の4つだ。

  1. 受け入れる。 受け入れてしまえば、もはや問題ではないからそれもよい。
  2. 問題を引き起こしている環境や他人を変えさせる。 これはエネルギーを要するが、それができるならそれもよい。
  3. 自分が変わる。 被害者意識にならずに冷静に考えてみれば問題は自分にあるということも多い。
  4. 問題を受け入れられず、かといってそれを変えようともせず、ただ誰かが直してくれたらいいと願う。

あなたならどれ?

「自分が変わる」が最も素晴らしい行動だが、「受け入れる」や「問題を引き起こしている環境や他人を変えさせる」もそう悪くはない。

厄介なのは、「問題を受け入れられず、かといってそれを変えようともせず、ただ誰かが直してくれたらいいと願う」というものだ。 これはまったく現実を直視していない。 逃避である。

しかし、世の中、この類がじつに多い。 「地方が困っているからなんとかしろ」、「商店街が困っているからなんとかしろ」、「中小企業が困っているからなんとかしろ」の多くはこの類だ。

「なんとかしなくてはいけないのは自分自身だ、さもなければ受け入れろ」と言わなければいけない。

ロゴスウェアにあってはこのようなことがあってはいけないと思っている。 だから、私たちの重要な価値観の一つは「現実を直視する」だ。

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ミッション至上主義

2007年 10月 19日

人が何かをしないとき、理由は二つしかない。 能力的にできないのか、やる気がないのか、だ。

ピアノでショパンを弾けと言われても私にはできない。 命がかかっていてもできない。 そんな能力はないからだ。

毎朝ジョギングせよ、と言われたらできるかもしれない。 やる気がないからしないが、命がかかっていたらきっとできる。

能力の開発や向上は大切だが、それ以上にやる気の問題は重要だ。

何が仕事のやる気を起こさせるのだろうか?

報酬をたくさんもらうためか、人に認められるためか、仲間と楽しく過ごす環境か、学習できる環境か、社会の役に立つためか、・・・・

人にはそれぞれのモチベーションがあるかもしれない。

社員のモチベーションを高めるために、そのすべてを提供しようとしたら、すべてが中途半端か、あるいは会社が破綻する。

すべてを提供できないのであれば、特に何を提供すべきか?

ロゴスウェアは、それはミッションでありたい。 ロゴスウェアは、ミッションを達成したい人たちの集団でありたい。

それを成し遂げることが自分たちに与えられた役目だと思えるもの。 それをやり遂げるためには、苦労も努力もいとわないと思えるもの。 そのようなミッションのもとに人が集まり、共に仕事をし、助け合い、それを成し遂げられたらどんなに素晴らしい体験だろうか。価値のある人生とはこのようなものでありたい。

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「戦いましょう」

2007年 10月 17日

学校をでて最初に勤務した会社インテルで、当時副社長をしていた山口さんは、新入社員の私たちに「戦いましょう」とよく言っていた。 新入社員の自分たちでも副社長とオープンに議論を戦わせていいのだと理解した。

人は、議論して最高の答えを求めるよりも、人と対立しないことを優先しがちだ。 しかし、これは時に大きな判断ミスを引き起こしてしまう。ロゴスウェアのような規模の小さいベンチャー企業にとっては命取りだ。ソニー創業者 盛田昭夫氏は著書 「MADE IN JAPAN」に次のように書いている。

まだ副社長だったころ、当時会長をしていた田島道治氏(田島氏は宮内庁長官も務めた大変立派な方である)と衝突したことがある。私のある考えが氏を立腹させた。

私が主張し続けたため、同氏はますます苛立ち、「盛田君、君と私は意見が違う。私は絶えず意見が対立するような会社にいようとは思わない。いますぐ辞める。」 と言った。

臆せず私は返答した。

「あなたと私が同じ考えを持っているなら、私たち二人が同じ会社にいて、給料をもらっている必要はありません。この会社がリスクを最小限におさえて、どうにか間違わないようにすんでいるのは、あなたと私の意見が違っているからではないでしょうか」

ロゴスウェアにとって、オープンに議論することは大事な価値観の一つだ。 最高の意思決定のために、様々な可能性/機会や危険性/脅威を十分に検討しなければならない。 そのために多くの対立意見の交換が必要だ。

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現実を直視せよ

2007年 9月 5日

参議院選挙に大敗した上に、補助金不正やら選挙違反やらトラブル続きの安倍政権と自民党。

崖っぷちではある。

「消費税率の引き上げなどやれるはずがない」という雰囲気になってきた。

しかし、そんなことでいいのか?  問題を先送りしていいのか?

いいはずがない。 今のままでは社会保障制度は本当に崩壊する。

現実を直視すれば、そうなる。

2005年、ドイツではメルケン政権が誕生した。消費税率(ドイツでは付加価値税という)アップを公約としてかかげて選挙に勝った。
2007年1月から税率は16%から19%にアップした。 生活必需品の税率は低く抑えられているが、それでも7%だ。

理由は簡単だ。財政赤字だからだ。財政悪化をなんとしても食い止めるという強い意思を感じる。

日本の財政赤字は、ドイツの比ではない。ドイツは対GDP比3%の赤字だが、日本は対GDP比6%の赤字だ。

ドイツでは、企業の払う法人税率は引き下げられた。これまでは、実効税率約39%だったものが、約29%となった。 日本の法人税率は約40%だ。今、社会をとりまく環境を考えれば、国際競争力維持のために、法人税率を引き下げるのは当然の流れとなっている。

日本は消費税は先進国の中できわめて安く、法人税は一番高い国になった。 これが現実である。

社会保障費のために消費税率を上げ、国際競争力のために法人税を下げる、というのが世界の当たり前の流れになった。国民一人ひとりにとっては決して喜ばしいことではない。しかし、現実を直視すれば、そうなる。 これ以外に選択肢はない。

そのことをドイツ人は理解できるが、日本人は理解できないというのだろうか? 日本人はそんな国民なのだろうか?

現実を直視しないのが日本の政治家だけならいいのだが。 日本人一人ひとりが現実の問題から目をそむけていたら悲しい。ロゴスウェアの価値観は、「現実を直視する」をかかげる。 少なくとも、私たちはこれを実践したい。

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自由

2007年 7月 15日

JAZZを聞く楽しみ方は人それぞれなのだろうが、自分にとっては即興演奏だ。

JAZZの即興演奏はその曲のコード進行にのって自由にメロディを奏でるところからスタートした。同じコード進行でも、自分ならもっといかしたメロディを奏でられるというものたちが競い合った。

そのうち、このコード進行というもの自体を不自由に感じるものたちがあらわれた。コード進行の制約から解放されたいと願った。 彼らは、あるときはモードと呼ばれる旋律をベースに演奏した。あるときは、代理コードや裏コードを駆使して自在にコード進行を変形させた。あるときは、スケールアウトし緊張感を高めようとした。

ハービー・ハンコックやウェイン・ショーターの域に達すると、時に、どのような理論にも基づかないメロディが奏でられる。JAZZの即興演奏家たちが追求してきたものは自由だ。よりエキサイティングな音楽、より美しい音楽を演奏するために自由になろうとした。

JAZZ演奏の初心者は、コード進行に頼らざるをえない。 実際、決まったコード進行の上で自由に演奏することさえ相当に難しいのだ。

卓越した技能を持ったもののみが、より高度な自由を得ることができる。サックス奏者が自由にスケールアウトしていくとき、即興でピアノ奏者がそれに合ったハーモニーをつけるというのはあまりにも高度なテクニックだ。ピアノ奏者がオリジナルの進行から離れて自由にコードを展開していくときに、サックス奏者がそれに合ったメロディを即興で奏でるのもとても難しいことだ。

「働き方における自由さ」は、ロゴスウェアが追求するものの一つだ。自由を考えるときに私の頭にイメージされるのは、JAZZ即興演奏家たちの姿だ。私たちは、最高の仕事を成し遂げるために自由になりたい。決して一人ひとりが勝手気ままにやることではない。最高の成果を達成するために自由になりたいのだ。

あるものは、「どこまでが自由でどこからが自由ではないのか」と問う。

答えは、「それは、あなた自身の能力と組織の能力に依存する」ということだ。

もし、あなたのその振る舞いによって組織として何かを達成することが妨げられるのであれば、あなた自身に、あるいは組織に、まだその自由を使う能力がない。

もし、あなたが自由に発想し行動することによって、組織として最高の何かが成し遂げられるのであれば、それは素晴らしい。あなたは自由だ。

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自ら変化せよ

2007年 6月 10日

「世界に変化を望むのであれば、自らがその変化の一部となれ」

非暴力・不服従を提唱し、インド独立運動を指揮した偉大なる宗教家、政治指導者 マハトマ・ガンジーの言葉である。

私たちには変化させたいものがたくさんある。人間が行ってきた行為はいつも完璧ではないからだ。地球環境を変えたいし、先進国と途上国の格差問題を変えたい。身近なところでは、会社の文化を変えたいと思っている人もいるだろうし、人間関係を変えたいと思う人もいるだろうし、会議のやり方を変えたいと思う人もいるだろう。

私たちは、変えられない原因を他人や環境のせいにしていないだろうか。「あの人が悪いから変わらない」、「これがあるから変えられない」、などと考えていないだろうか。「私は変わらない。でも、私のまわりには変わって欲しい」などと願っていないだろうか。

もし、私たち全員が「私は変わらない。でも、私のまわりには変わって欲しい」という考えに立ったらどうなるのか?

答えは簡単である。 何も変わらないのだ。

ガンジーの教えは理にかなっている。自らが変わらない限り、結局何も変わらないのだから。

ロゴスウェアでは、重要な価値観として、主体性を掲げている。一人ひとりに変化の一部となって欲しいからだ。

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人に魚のつり方を教えれば、一生食うに困らない

2007年 6月 3日

経済同友会の新しい代表幹事に選出されたのは、桜井正光氏である。 桜井氏は、1996年から11年間リコーの社長を務め、2007年4月にリコーの会長に就任している。

新聞に掲載されていたエピソードから

入社後に配属されたのは、事務機器工場の原価管理課。 課長の最初の指示は、「1年間、ぶらぶらしてなさい」。 最初は「楽なもんだなあ」と思っていたが、すぐに「仕事がないほどつらいものはない」と気付く。しばらく憂うつな日々を送っていたが、あることに思い至る。 原価管理課に何が期待されているのか、を工場内を歩き聞いてまわった。そしてその答えを設計部門で発見した。機種ごとに違っていた部品を整理し、既存部品が使えるようにした。開発設計のコストが下がり、生産性が高まった。「上司の指示がなくても、お客さまが誰なのかが分かれば仕事は見つかると勉強した。」 後に、当時の課長に「お蔭さまで仕事とは何か、顧客満足とは何かがわかりました」と礼を言うと、元上司は「ようやく分かってくれたか」と笑った。

仕事を始めて、最初に学ぶべきことは、主体的な行動である。 何をすべきかが明白な時代はよかった。 しかし、今、変化も速く、大きくなっているので、誰にも明白に次が読めない。 各々が動き、各々が考え、各々が発見するしかない。 ロゴスウェアが、価値観の一番目に、「主体性を発揮する」を掲げているのはそのためだ。

この行動哲学を確固たるものにするためには、まだまだ多くの時間がかかる。 多くの日本人にとって、主体性を発揮することは簡単なことではない。

中国の格言から

人に魚を与えれば、今日の飢えをしのぐことができる。 人に魚のつり方を教えれば、一生食うに困らない。

あなたは最初、自ら何かを見つけだし、何かを創造できないで苦しむかもしれない。実際、それができるようになるには時間がかかるが、人生という長いスパンで考えれば些細なことである。

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「個人主義でも自立できず」

2007年 4月 23日

朝日新聞 生活面の企画「女と男」
孤独、女性の生き方、夫への不満、など、今を生きる人たちの悩みが連載された。

4月21日  作家の久保恵さんから連載への感想が掲載されていた。

「時代を感じますね。一人で生きる強さはないけれど、誰かと一緒に生きるのは苦手。 どこか個人主義なのに、きちっと自立できていない。・・・・・・・」

個人の自由と自立は対の概念なのだと思い出させてくれた。 自立する覚悟と力を持たなければ自由を得ることはできない、と肝に銘じよう。

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