‘思考のこと’ カテゴリーのアーカイブ

縁起の法則

2007 年 12 月 26 日 水曜日

釈迦は菩提樹の木の下に干草を敷いて静かに座り瞑想し、ついにこの世界や人生に関する真理を悟って仏陀となったという。

釈迦が悟ったのは縁起の法則というものだ。 縁起とは、世の中のさまざまな存在や現象は、ある原因を持っており、それに一定の条件が加わって、その結果として存在や現象が現れるという考え方だ。

釈迦は、縁起の法則によって、世の中にある苦しみというものは結果であって、その原因を探れば、それは世の中の真理に対する根本的な無知(無明という)であると悟った。 だから、世の中の苦しみを無くすためには、その原因である無明を滅しなければいけないといった。

仏教とかいうものは、非論理的な世界と考えていたが、釈迦のもともとの教えは、すごくシステマティックで論理的思考に基づいているので驚かされる。

システム思考に関する本を読んだとき、世の中の現象を原因と結果の因果関係によって表そう、という根本的な発想は釈迦の教えと同じだと思った。

世の中の物事や現象を、それぞれの個別の要素だけでとらえようとしても本質的なところがわからない。いろいろな要素のそのつながり方がわかれば、どこをどうすれば、期待した結果を得られるのかがわかる。

製品の売上を伸ばすのも、工場の不良率を下げるのも、地球環境を良くするのも、的外れなところをいくら改革しても良い結果が得られない。

ということで、システム思考でいろいろな現象の因果関係を表してみよう・・・・と思うのだが、これが難しい。

だいたい世の中の現象は、単一の原因が単一の結果を引き起こしている、などという単純なものでないから、いろいろな要素があっちこっちにつながり、あるときはループし、あるときは正の力が働き、あるときは負の力が働き、あるときはどっちが原因でどっちが結果かがわからなくなる。

というわけで、それは釈迦が縁起の法則を発見し悟りをひらくように難しいのだから、気持ちを落ち着けて深く深く考えるしかない。

にほんブログ村 ベンチャーブログ ベンチャー社長へ

ベンチャー社長ブログランキング

大規模構造

2007 年 9 月 28 日 金曜日

今や誰でも知っていることであるが、地球は太陽の周りをまわり太陽系という構造体の一部となっている。

太陽のような星は恒星と呼ばれる。 恒星とは水素やヘリウムの核融合によって自ら輝く星である。恒星が1,000億個も2,000億個も集まって更に大きな構造体を形成している。これが銀河である。地球は太陽の周りをまわっているが、太陽もまた回転していて、銀河の構成要素の一つだ。

銀河も1,000億から2,000億個は存在すると言われている。

1986年、ハーバード大学教授 マーガレット・ゲラーがそれより更に大きな宇宙構造を発表した。銀河は無秩序に宇宙に配置されているわけではなく、4億光年間隔で並んだ平面上の壁のように分布しているのだという。 この構造からグレートウォールと呼ばれた。 (この構造を3Dグラフィックスなどですごく分かりやすく見せてくれるサイトはないのかと探してみたが見つからず。知っていたら是非教えてください)

何事にも要素があり構造がある。ある小さな構造は更に大きな構造の一部となり、それはまた、そのまた大きな構造の一部となる。

狭い視野では見えてこないものがる。見える人と見えない人がいる。 見える人だけがその構造を理解し、勝者となる。

仕事の上で大きな構造が見える人になるにはどうしたらいいのか?  理解するとはどういうことなのか、その脳のメカニズムや習得技術に関する書籍がたくさん発行されている。 しかし、この本に書いてあることを理解することが、これまた難しいのだ。

構造を理解するための本を理解する人はそもそも構造を理解できている人で、構造を理解できない人は構造を理解するための本も理解しない、ということかもしれない。 パラドックスだ。

にほんブログ村 ベンチャーブログ ベンチャー社長へ

ベンチャー社長ブログランキング

アイルトン・セナ

2007 年 9 月 26 日 水曜日

今年のF1日本グランプリは、今週の28日から富士スピードウェイで開幕する。 F1の世界も様変わりしたが、永遠のヒーローは 故アイルトン・セナだ。

やる気が不足しているときは、アイルトン・セナの走りをDVDで見るとよい。 可能性を求めて限界に挑み続けた男の雄姿が勇気を与えてくれる。

落合信彦とのインタビューでセナは語った。

極限までは誰だってやれる。ベストを尽くしましたって言えばいいんだから。しかしそれでは凡人で終わる。本当の努力が実を結ぶのは極限を突き 破ったときだ。F1レーサーにとって一番難しいのはモナコのサーキットだ。あそこは市街地だから。モナコのヘアピンカーブに時速200Kmで入っていく。 曲がるときに壁から2cmになる。でも今自分が努力しているのはあそこを1cmにすることだ。

これがアイルトン・セナだ。 モナコのヘアピンカーブを壁から2cmで走る抜けることができるのはセナだけだった。他のドライバーを圧倒していた。モナコでは5連勝を含む通算6勝(1987年、1989年、1990年、1991年、1992年、1993年)を挙げた。しかし、セナが追求したのは究極の姿だ。最終的には壁から0cmで走る抜けることを追い求めたに違いない。

セナは語っている。

「理想を語ることは簡単だが、自ら実践することはすごく難しい。
だからこそ、とにかくどんな時でもベストを尽くして生きていかなければならない。
その結果うまくいく時もあればそうでない時もある。
間違いを犯すこともあるだろう。
でも少なくとも自分自身に対しては誠実に、そして自らの描いた夢に向かって精いっぱい生きていくことだ。」

自分たちは究極の目標を見据えているだろうか。究極の目標とは、不良率0%、顧客満足度100%、コスト0円、稼働率100%、の世界だ。これが目標ならば、改善は永遠に続けられる。

にほんブログ村 ベンチャーブログ ベンチャー社長へ

ベンチャー社長ブログランキング

なにを寝言を言っているのだ

2007 年 9 月 18 日 火曜日

明治維新達成後、旧薩摩藩主 島津久光は元の家来である大久保利通に「おれはいつ将軍になれるのだ」としつこく聞いたという話がある。 世の中の流れというものがまったく見えていない、バカな殿様ではある。 大久保に「なにを寝言を言っているのだ」と一蹴される。

自民党総裁選に関する世論調査によれば、地方の自民党支部の70%が求めているのは、公共事業を増やして以前のように地方に金をばらまいてくれ、ということらしい。 世の中の流れが見えていない。

こういうことに関しては人間はほとんど進歩していない。

にほんブログ村 ベンチャーブログ ベンチャー社長へ

ベンチャー社長ブログランキング

ポジティブメッセージを届けてくれる新聞はないのか?

2007 年 7 月 9 日 月曜日

ある人の調査によれば、

「今日の新聞の情報量は、17世紀の頃の一人の人間が一生かかって得る情報量を超える」
「この30年間に生まれた情報量は、それ以前の過去5000年間の情報量を超える」

とにかく情報があふれかえっている。情報は力となり、人間の行動に大きな影響を与える。

力にはいろいろな力がある。人間を前進させるポジティブな力もあれば、人間に前に進むのを躊躇させるネガティブな力もある。

日本に住んでいて私たちが目にする新聞やテレビなどから流れる情報はネガティブ過ぎないか。

「ワーキングプア」、「格差社会」、「過労死」、・・・・・・・・・・

毎日このようなネガティブ情報の中でマインドコントロールされ、それでなくてもネガティブな日本人が一層ネガティブになっては何も得はないではないか。

日本の新聞などはどれもこれも大体同じだ。一つくらい、毎日ポジティブメッセージを送り届けてくれる新聞があってもいいのではないか。毎朝、それを読むとやる気がでるような。

にほんブログ村 ベンチャーブログ ベンチャー社長へ

ベンチャー社長ブログランキング

無常

2007 年 6 月 27 日 水曜日

仏教の重要な思想のひとつに「無常」がある。 あらゆる現象はとどまることなく常に変化し、そして消滅する、と説く。

仏教の開祖である釈迦は、紀元前463年に生まれたといわれている。今から2500年も前の昔だ。

無常をあえて教えるということは、2500年前の昔から人間は変化が嫌いだったのだろう。 人間は今も変化が嫌いだ。 技術はずいぶんと進化を遂げたが人間の心は2500年前から何も変わっていない。

今日の朝日新聞には、社会保険庁の労働組合と日教組のことが記事にある。

記事によれば、社会保険庁の年金記録問題の原因に関して、労働組合の存在が焦点の一つになってきているという。 年金手帳の統一、年金相談コーナーの設置、年金記録のオンライン化、・・・・・・このような取り組みに対して、社会保険庁の労働組合はことごとく反対してきたのだという。彼らが訴えてきた合理化反対、コンピュータ化反対、オンライン化反対の運動が今日のずさんな社会保険庁の年金記録の一因ではないかと論じている。

同じく、日教組に関する記事では、勤務評定への反対、主任制導入への反対、学力調査への反対、などあらゆる教育改革に反対してきた歴史が記されている。

いずれも「私は変わらない」人たちの典型だ。

あなたが守り通せるものなど何もない、あらゆるものは変化しつづけるのだ、と理解しなければ救われない。

にほんブログ村 ベンチャーブログ ベンチャー社長へ

ベンチャー社長ブログランキング

他人を気にしすぎるのをやめよう

2007 年 6 月 14 日 木曜日

社会心理学での有名な実験に、次のようなものがる。

被験者4人に、一人1,000円を持たせる。

全員に寄付を呼びかけ、各々は自分の好きなだけの額を寄付する。 寄付をしないという選択もできる。

寄付されたお金は全員分が集められ、その合計額を2倍にする。

それが、4人に均等に分配される。

この実験の結果は、日本人とアメリカ人で大きな違いがでるのだという。

この実験を自分がどれだけの寄付をするかを他人が知ることができない環境で行ったときに、日本人のグループでは、寄付額の合計がアメリカ人のグループの合計よりもとても少ないのだという。 一方、自分の寄付額が他人に分かるような環境で行うと、日本人のグループの寄付額の合計は上がるという。

社会心理学者は、これらを踏まえて、日本人の社会は、信頼と協調の社会ではなく、相互監視による集団主義であると述べている。つまり、日本人の行動の基準となっているのは、個人の考え方や価値観によるのではなく、他人からどう見られるか、に強い影響を受けるのだという。

日本人は過度に他人のことを気にしすぎると思う。 他人と違うことをすることにひどく怯え、 自分の考えに自信がなく、人と議論するととても落ち込む。

多くの専門家は、これらの根本原因として、日本人の甘えの構造を指摘する。土居健郎著「甘えの構造」が30年ぶりに復刻した背景には、自己を確立できない日本人に対する危機感があるのかもしれない。

人と違っていていいじゃないか。

群れる必要なんてないじゃないか。

人より上か下かなんて関係ないじゃないか。

他人を気にしすぎるのはやめようじゃないか。

あなたはあなたらしくあればいいじゃないか。

にほんブログ村 ベンチャーブログ ベンチャー社長へ

ベンチャー社長ブログランキング

五蘊皆空

2007 年 6 月 11 日 月曜日

人間の行動の動機を理解する理論として、アブラハム・マズローの欲求段階説が引き合いに出されることが多い。人間は、生理的欲求(人間が生きる上での衣食住等の根源的な欲求)からスタートし、段階的に自己実現の欲求へと登っていくという理論だ。

これは正しいのかもしれない。人は最終的に自己実現の達成のために働くべきであるとは思う。

しかし、一方で、これは多くの人間にとって救済にはならないようにも思う。マズローも、自己実現を果たし自己超越の域に達する人は極めて少ない、と述べている。

多くの人は、モノ、金、地位、愛情などが手に入らないと嘆き、また一度手に入れても、それらを失うことを恐れて苦しむ。

そんなときに、仏教に素晴らしい教えがある。 「五蘊皆空(ごうんかいくう)」というものだ。

五蘊皆空は、般若心経の中に出てくる言葉だ。般若心経は、漢字262文字で構成された大変短い文で、大般若経と呼ばれる全600巻にもおよぶ大乗仏教の経典のエッセンスを凝縮したものであるという。五蘊とは、五つの集まりという意味で、簡単に言うと、物質とあやゆる精神のことだ。五蘊皆空とは、それらはすべて「空(くう)」であると言っている。

「空(くう)」の思想は、仏教の根幹を成すものだ。それを理解することは悟りの境地に達するということで、とても難しいことなのだろうが、勝手に解釈すれば、「あらゆるものは、すべて移り変わり、いずれ失うような実体のないものである。したがって、そんなものに執着しても無駄である。執着しても無駄なものに執着するから苦しむ。一切のものはそのような実体のないものであると理解し、執着しなければ苦しむこともない。」というようなことである(と思う)。

にほんブログ村 ベンチャーブログ ベンチャー社長へ

ベンチャー社長ブログランキング

捨ててもいいものは何か

2007 年 6 月 7 日 木曜日

仕事のことやその他のことでも人はそれぞれ思い悩むものである。

私はよくトレードオフのことについて話す。いろいろ思い悩んだときは、何を捨ててもいいかをはっきりさせておくほうが良いと考えるからだ。

昔、巨人の星というTVアニメがあった。主人公 星飛雄馬は、父 一徹から野球の英才教育を受けて育つ。子供の頃から明けても暮れても野球一筋で育てられ、プロ野球巨人軍に入団する。その中に、ライバルのオズマから「お前は野球人形だ」と言われ、ショックを受ける話がある。自分は野球ばかりで、他の人が体験するような青春がない、と悩むのだ。

一流のアスリートの多くは、必ず何かを犠牲にしてきた。 女子ゴルフの横峰さくらや宮里藍にしても、卓球の福原愛にしても、彗星のごとく登場した男子ゴルフ 15歳の石川遼にしても。

それは、大きな経済的な負担であったかもしれないし、勉強時間を犠牲にしたかもしれないし、他の子供と楽しく遊んだりする時間を削ったかもしれないし、恋愛をすることを犠牲にしたかもしれない。

このような犠牲を一切払いたくないと考えれば、間違っても彼らのように若くしてアスリートとして成功することはできない。彼らはみんなまだ若い。しかし、自分にとって何を達成することが重要で、何は捨ててもいいかをはっきり理解していることにおいて彼らは紛れもないプロだ。

私たちのまわりには両立させることができない多くのことがある。自由を求めれば、責任を回避することができない。何かを成し遂げようとすれば、他の時間を削らなければならない。収入をあげようとすれば、仕事のプレッシャーから逃げられない。成功をしようとすれば、失敗のリスクがつきまとう。

単純なことである。両方求めることはできないのだ。「自由でありたいが、責任は取りたくない」、「大きな仕事の成果を上げたいが、趣味にもたくさんの時間を使いたい」、「収入は上げたいが、楽な仕事がいい」、「成功はしたいが、失敗はしたくない」などはありえないのだ。

人生をどう選択するかは一人ひとりが考えることだ。何をあきらめてもいいのかをはっきりさせれば、そう難しいことではない。

そのことを理解するだけでも、人生はずいぶん気が楽になるように思う。

にほんブログ村 ベンチャーブログ ベンチャー社長へ

ベンチャー社長ブログランキング

出エジプト記

2007 年 6 月 5 日 火曜日

旧約聖書の中に納められた物語の中でも、出エジプト記はとりわけドラマティックで面白い。

当時多くのイスラエルの民は、エジプトで奴隷となって暮らしていた。ある日、神はモーセに命じた。イスラエルの民(その数60万人以上)をエジプトから脱出させ、神がイスラエルの民に約束した地、カナンに導くようにと。

この旅の途中、イスラエルの民はあまりにも身勝手であった。のどが渇いたといっては愚痴を言い、腹が減ったといっては文句を言い、肉を食いたいといっては不平を言う。その度ごとにモーセは、神に許しを請い、神は奇跡を起こし彼らを助けた。

しかし、彼らが神との契約、十戒をそむくようになり、神の怒りは頂点に達した。モーセも燃え上がった怒りの中で、十戒が刻まれた石の板を叩き割り、神に背く者たちを処刑した。しかし、イスラエルの民の全てが神の怒りによって滅ぼされることを望まず、再び神に許しを請うた。

いよいよカナンの地を目前にすると、カナンの地に住んでいるものたちとの戦いにおびえた。「我々はエジプトの地で死んだほうがよかったのに、なぜ我々を連れてきたのか」とモーセを責めた。それは神を再び怒らせ、それから40年の間、荒野をさまようことを命じられた。

40年におよぶ放浪の旅の中で、神に不平を言った人たちは全て死に、イスラエルの新しい世代は、荒野で羊を飼うことに慣れ、敵と戦うことに巧みになり、鍛錬され、信仰も強くなった。 そして、遂に神がイスラエルの民に約束した地、カナンに入るのである。

出エジプト記は、3つのことを教えてくれる。

  • 第一に、人間の欲求には限りがないこと。あることが解決すると、別の不平・不満が生まれる。それが解決されると、更にまた別の不平・不満が生まれる。 ものごとを改善することが新たな不平・不満を生むというパラドックスがあることを教えてくれる。
  • 第二に、人の考えが変わるには、大変な時間がかかること。 エジプトで何世代にもわたって奴隷の状態にいたイスラエルの民は、何をせよ、こうせよと命令されることに慣れた臆病な民になってしまっており、それが変わるのに、40年におよぶ放浪が必要であった。
  • 第三には、モーセが示したリーダーとしての行動である。彼はどんなときにも、神を信じ、イスラエルの民のために神に祈った。しかし、戒律を破った者に対しては、断固とした処分を行った。十戒の刻まれた石には、人を殺してはいけない、と確かに記されていたはずである。しかし、イスラエルの民をカナンの地まで導く旅を続けるためには、彼はそうしなければいけなかった。アメリカ人にはおそらく旧約聖書の物語は身体に染み込んだものであり、彼らのリーダー像というのは、たぶんにモーセの影響があるのかもしれない。

にほんブログ村 ベンチャーブログ ベンチャー社長へ

ベンチャー社長ブログランキング