2007 年 5 月 のアーカイブ

教育のマスカスタマイズ

2007 年 5 月 10 日 木曜日

教育の問題が新聞などに掲載されない日はない。 ある者は「競争原理を学校に導入せよ」と主張し、ある者は「基礎学力向上には詰め込み教育が必要だ」と主張し、ある者は「見守る教育が必要だ」と主張する。

考えてみれば、教育問題は、20年前も問題であったし、今日でも問題だ。 日本でも問題であるが、アメリカでも問題だし、フランスでだって問題だ。 つまり、世界中、どの時代でも問題であって未だに解決はしていないのだ。

企業などの人材開発においては、状況対応型が用いられる。 つまり、黄金の法則などなく、誰にでも通用する最適のやり方など無い、ということが前提となっている。 人は一人ひとり、それぞれ状況が違うのだから、一人ひとりに適合したやり方を選ばなければいけないという考え方だ。 考えてみればこれはもっともなのだ。 新入社員や仕事を変わったばかりの人は明確に規定された仕事を与えるべきだし、こまめに進捗を見ていかなければいけない。仕事に慣れてくれば組織の目標や価値観から自ら何を成すべきかを考えるだろう。 これらの社員には自己管理が適している。

学校はどうだろう。 生徒は一人ひとり状況が違うはずだ。 非常に学習意欲を持った生徒もいるし、その逆もいる。 学習意欲を持った生徒に詰め込み教育は間違っているかもしれない。 自ら考え、課題を見つけ、学習する能力を向上させた方が良い。 学習する習慣が身についていない生徒には訓練が必要かもしれない。 いずれにしても、一人ひとりに最適なやり方を提供してあげられれば素晴らしい。

昔、フォード自動車創業者 ヘンリー・フォードが、低コスト大量生産のモデルを語るために、「黒ならば、どんな色でもどうぞ」と言ったという話は有名だ。 昔は、単一仕様のものを低コストで大量生産するマス製品と、安くはできないが一人ひとりのために作るカスタマイズ製品の2種類があって、両方同時にはできないと信じられてきた。

今、産業界で求められているのは、マスカスタマイズ製品だ。 大量生産品のような低コストで、一人ひとりのためにカスタマイズされた製品である。 これを実現したのが情報技術だ。 アマゾンは、一人ひとりの好みを把握し、提案している。 ウェブの広告は、一人のひとりに最適なものが表示されるように日々進化している。

教育のマスカスタマイズができないのだろうか?  教育におけるITの活用とはこういうことを実現していくことだと思う。

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イシューというもの

2007 年 5 月 9 日 水曜日

ロゴスウェアでは、日々の仕事のやり方は一人ひとりの裁量にまかされているが、守らなければいけないいくつかの約束はある。 その一つは、ウィークリーレポートを書くということだ。 毎週金曜日に、その週に達成したこと、次に達成しなければならないこと、そしてイシューを記載して全員に公開しなければならない (今は、これはSNS上で公開されている)。

issue を英語辞書で調べれば、「論争点」、「問題点」といった意味が記されている。 誤解を招く可能性があるので、私たちは、そのまま英語で issue イシューと呼んでいる。  論争点や問題点と言うと、何かひどくネガティブな印象を与えがちであるし、何かまずいこと、何かトラブルになっていることを指摘さえすればよいというような誤解を与える。 私たちが、イシューで書くべきことはそのようなことではない。

ここに何かうまくことが運んでいない事象があったとしよう。 それってどういうことだろうか?  重大なことなのか、些細なことなのか、急を要するのか、ゆっくり考えればいいのか、影響を与える範囲はどの程度なのか、そのようなことを知らなければならない。 そして、イシューとは、そのようなものに対して、どういうポイントで考えればいいのだろうか、どういう視点で考えればいいのだろうか、を指摘することである。

例えば、ある製品の品質が悪化しているという問題が発生したとしよう。 イシューで指摘すべきは、単に「品質に問題がある」と記載することではない。 これをどのようなポイントで考えるべきだろうか。 人的リソースなのだろうか、開発プロセスなのだろうか、あるいは何か別の考慮すべきポイントがあるのだろうか、イシューとはそういうことを指摘することである。

これは、私たちにとっては一石二鳥である。  第一に、 会社のいろいろなプロセス上の問題が解決する。 第二に、これを繰り返すと、一人ひとりの論理思考能力は自然と鍛えられる。

とはいっても、優れたイシューを誰でもすぐに書けるものではない。 習熟度の低い時点での典型は 「特にありません」だ。 イシューがどれだけ書けるかはその人の習熟度のバロメータにもなる。

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大事なことは中を調べよ

2007 年 5 月 8 日 火曜日

前の会社に勤めていて、まだエンジニアをしていた頃に聞いた話である。 その頃は、ノートPCを設計するのはまだ技術的にかなり難しかった。 どうやって放熱するのか? どうやればプリント基板を小さいスペースに押し込めるのか? どんな部品を使うと小さくできるのか?  どうやって使っていない部品への電源供給を停止するのか?

ある時、社員のある者が台湾の会社との打合せのために出張した。 そのとき、ノートPCの新製品を持参した。 その製品はかなりの出来栄えで、とても小さく、薄く、そして電力消費が少なかった。

会議は長時間に及んだため、昼休みをとり部屋に戻ると、なんと持参したノートPCが、その台湾の会社の者たちによって分解されていた。 「何をしてるんだ?」と問い詰めると、「どうやって設計されているのか中を見ていたんだ」と事も無げに答えたと言う。

今回のメッセージは、「他人のものを勝手に分解せよ」 ではない。 「大事なことは中を調べよ」である。

今、あらゆることが複雑になってしまったので、全てを分解して理解しようとしていたら、それで一生終わってしまうかもしれない。 自動車がどういうメカニズムで走るかを知らなくても特に不便でもなく、テレビがどういうメカニズムで映像を映すのかをしらなくても何も困りはしない。 ただ、自分にとって大事なことだけは、ブラックボックスにしないで、中を調べた方が良い。

技術者はビジネスというものをブラックボックス化しすぎる。 マーケティングやセールス担当者はテクノロジーをブラックボックス化しすぎる。 以前は、これでも通用したかもしれない。 なぜならば製品は単一機能で動き、ビジネスモデルは単純であった。

今や製品やサービスはネットワーク化している。 特にIT系の製品はそうなのだ。 他社の製品と自在に連結したりもする。 そうなってくると、ビジネスモデルも複雑化する。 昔のように、単体製品に値段をつけて店で売ればいいというわけにはいかない。 どこに収益を生む仕掛けを作っておくかは、テクノロジーを知らずして語れない。 逆に、ビジネスモデルを考慮せずに製品を開発しても価値を生み出さない。

大事なことは中を調べよ

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ライバル店に客を奪われていないか?

2007 年 5 月 7 日 月曜日

あなたが、イタリアンレストランでも、美容室でも、コンビニでも、何かお店を持ったとしよう。 ライバル店にはどれくらいの集客があるのか気にせずにはいられない。 あなたのところに呼びたい顧客が奪われているかもしれないのだから。

もし、ライバル店がたくさんの客を集めているのに、あなたのお店には客が来なかったらのんびりなんてしていられない。 商品を工夫したり、店舗を綺麗に改築したり、もっと宣伝をしたり、・・・・何か対策をしなければいけないとすぐに気づくはずだ。

インターネットのビジネスでは、この危機感が薄れがちだ。 ライバル企業にどれくらいの人たちが行っているのか目に見えないから。 しかし、あなたの目に見えないところでもビジネスは着実に進行している。 さあ、のんびりはしていられない。

ここに、便利なツールがある。

Alexa というサイトのサービスを利用すると良い。 このサービスを使うと、指定したサイトに、どれくらいの人たちがアクセスしているのかがわかる。

Compare sites: という箇所に、調べたいサイトのアドレスを入力する。  See Traffic Details for: というところに、サイト名が現れるので、それをクリックすると詳細が見れる。

「Reach」 というものは、世界のネット利用者の何%の人が、このサイトを訪れたかを表している。 %で表されているので、余程の人気サイトでないと、0.000x と、かなり小さい数字になってしまうが、ライバル企業と比較するには十分だ (ちなみに、あまりに小さいとグラフに表示されないようだ)。

「Page View per user」 は、一人の人が、そのサイトで一日で平均何ページを閲覧したかを表している。 あまりにページビューが少ないようだと、サイトの中身に魅力がないのかもしれない。

「Traffic Rank」は、 Reach と Page View を掛けた数字を大きい順番に並べた順位だ。 上の方に表示されたものは世界ランキングなので、下の方に表された国別のところで、Japan の欄を見たほうがいいかもしれない。

Alexa では、これ以上の詳細なデータを得ることはできないが、大まかな比較には十分役に立つはずだ。 もし、あなたの気にしているライバル企業と大きく水をあけられていたら、すぐに動いたほうが良い。 集客ができていなければ、ビジネスは始まらないのだから。

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サブドメインを使う

2007 年 5 月 6 日 日曜日

Google の登場は、ウェブの世界に大きな地殻変動を起こした。 企業サイトであれば、検索結果の上位に表示されないことはウェブの世界でビジネスはできないことを意味する。 ウェブを営業ツールにする人たちは、毎日重要なキーワードを打ち込み、自社サイトが何位にランクされるかをチェックする。 もはや、SEO(検索エンジン最適化)をするべきかどうかの議論は終わった。  どのように抜きん出るのか、が今日の議論である。

Google や Yahoo!などの検索エンジンで上位にリストされるようにWebサイトに対策を施すことは、SEO(検索エンジン最適化)と呼ばれている。 サブドメインを有効利用することもその一つだ。

ロゴスウェアのメインのURLは、 www.logosware.com である。 この www にあたる部分がサブドメインだ。 例えば、このブログは、 blog2.logosware.com となり、 ラボ関係のドメインは labs.logosware.com 、メルマガ専用には mailmag.logosware.com を使っている。

サブドメインを使うと、どんないいことがあるのだろうか?

第一に、サブドメイン名を持ったサイトは全て独立したサイトとして認識されるのだ。 検索エンジンが、そのサイトが重要であるかどうか(つまり、上位に表示させるべきかどうか)を判断する重要な材料の一つが 外部サイトからのリンク数である。 サブドメインを有効に使えば、外部サイトからのリンクを簡単に増やすことができる。

第二に、階層を切って長いドメイン名になるよりも、サブドメインを使い階層を無くした方がページランク(そのページの重要度を示す数値)が上がる。 Googleでは、階層が深くなるほど、ページランクを落としているようなのだ。

第三に、 新たなサイトを立ち上げようとするときに、新規ドメインよりもサブドメインを使った方が、すぐにページランクが上がる。  例えば、このブログのページランクは 4 である。 いきなりページランクが 4 からスタートしたのだ。 もし新規ドメイン名を使ったら、 ページランク 1 から、時間をかけて上げていくしかない。 これには、半年から1年を要してしまう。  どうも、Google は、新規ドメインには、いきなり高いページランクを与えないようにしているようなのだ。

第四に、検索結果表示の画面にたくさんの自社サイトを表示させることができる。 Googleで検索してみて欲しい。 あなたのサイトは、二つまでしか表示されないはずだ。 Googleでは、同一ドメインは二つまでしか表示しないというルールになっているからだ。  つまり大体の場合は、トップページ + もう一つしか表示されない。 サブドメインを使えば、もっと多くの検索結果を表示させることができる。

最後に、無茶なことをしてはいけない。 サブドメイン名を持った、異常なほどの数のダミーサイトを作り、リンクを貼りまくるのは危険だ。 くれぐれも Google八分にはならないように。

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CSSデザイン

2007 年 5 月 5 日 土曜日

Webの進化は止まらない。 多くのサイトはWeb2.0的機能を組み入れ、利用者を巻き込んだ真の双方向メディアとしての特長が鮮明になってきた。今日もおびただしい数のブログページが生まれ、SNSで情報交換をし、写真や動画がアップロードされ、タグ付けされた情報が連結している。 リッチインターネットアプリケーション化が進み、ウェブ上で提供される体験はますます豊かなものとなっている。

Webで起こっている変化は、プログラミングの世界だけの話ではない。 Webデザインの世界も進化を遂げているのだ。 ここ数年の大きな変化は、tableタグで組んだレイアウトデザインからCSSデザインへの移行である。 以前からCSSでデザインを組むことのメリットは言われ続けてきたが、CSSのサポートが不完全な古いブラウザが無視できないほどに存在していたので、CSSデザインへ移行することは躊躇された。 その足かせが外れ、CSSデザインへの移行が加速されたのは、ここ1~2年のことである。

CSSでデザインするとは、情報(HTMLで記述)と見た目(CSSで記述)を分離することだ。 css Zen Garden を見ると、そのメリットがよくわかる。このサイトで、右側にリストされるCSSデザインのどれかをクリックしてみて欲しい。 中身の文章はそのままで完全 にデザインやレイアウトが変更されるのを確認できる。 これがCSSのメリットだ。 HTMLは一切書き換える必要がなく、CSSファイルというのを書き 換えるだけで、どのようなデザインにもすることができる。

CSSデザインを採用すれば、サイトの更新は簡単になる。 もはや、HTMLファイルにレイアウトを組む目的での複雑な(そして多くの人には意味不明な) table タグがない。 table タグの使い方を間違えると、ページのレイアウトが総崩れになってしまうので、慣れていない人には手を出しづらかった。 CSSデザインを使うなら、そのような心配をすることがない。 サイトの更新は専門家でなくても行えるようになる。

季節に合わせて、デザインを変えたいということもある。 あるいは、長年使ってくると、デザインを変更したくなることもある。 従来のやり方でそれを行うのは、大変な労力が必要だ。 全てのHTMLページを作り変えなければいけなかったのだから。  CSSデザインを採用していれば、それはいとも簡単だ。 CSSファイル(通常、それは 1枚~3枚くらいだ)を変えるだけでいいのだから。

まだ旧来型の方法で行っているWebデザイナーがいたとすれば(多くはそうなのかもしれないが)、すぐにCSSデザインをマスターした方が良い。 顧客のためにもそうすべきである。 決して顧客の知識が無いことを利用してはいけない。

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教育のロングテール

2007 年 5 月 4 日 金曜日

従来、扱える商品の数や抱えることのできる商品在庫の数には制限があった。 店舗や倉庫の大きさには制限があったからだ。 このような条件下では、効率的にビジネスを行うために、一定以下の販売数しか見込めない商品は取り扱いが難しかった。 上位の20%の商品が全体の80%の売り上げを占めるというパレートの法則に従うからだ。

インターネットのビジネスは、このモデルから開放された。  ビジネスを運営するコストが圧倒的に小さく、従来は採算がとれないと軽視されてきた、あまり売れない商品の販売を採算ベースに乗せることを可能にしたからだ。 この新たなビジネスモデルは、その商品売り上げグラフの形状から ロングテールと名づけられた。

ロングテールは、インターネットを語る上での重要な概念となった。

学校に目を向けてみよう。  国語、数学、英語、地理、世界史、日本史、生物、物理、化学、音楽、美術、などのカリキュラムが並ぶ。 概ねどこの学校も同じだ。 特別に素粒子に関心にある生徒、特別にコンピュータプログラミングに関心のある生徒、特別に考古学に関心のある生徒、特別に草花に関心のある生徒、特別に中国語に関心のある生徒、特別にシェークスピアに関心のある生徒、に対して授業が行われることはない。 彼らは少数派だからだ。少数の生徒のために授業ができるように先生を取り揃えておくことはできない。 これが学校の制限だ。

ロングテールの概念で考えるならば、インターネットを活用すればこの制限はかなり取り除けるのではないだろうか。 全ての学校に、全ての種類の先生を配置しておく必要はない。 インターネットは地理的な制約を取り除いてくれる。  シェークスピア文学を教える先生がどこかにいて、ネット上で授業を行えばいいのだ。 関心がある生徒が全国から集まる。 各学校には、そのような生徒は一人しかいないかもしれない。 でも、日本中にはそれなりの数の生徒がいるはずだ。

今、学校にはインターネット回線が引かれ、多数のパソコンが配置された。 多くの学校で行われていることは、グラフが綺麗に描けてよかった、ホームページが作れてよかった、の類で有効に活用されていない。

もし、生徒の個性を伸ばそう、多様性を尊重しよう、ということならば、学校には是非、生徒個々の関心のある分野に対して学校間の壁を越えた授業を行ってもらいたい。 インターネットがあればそれは可能だ。 POWER-LIVEのような製品を使えば、地理的に離れた教室をリアルタイムで結んで映像も声も共有した授業ができる。 教育もロングテール化できるのだ。

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契約書

2007 年 5 月 3 日 木曜日

ソニー創業者の一人 故盛田昭夫の著書 「MADE IN JAPAN」 の中に、契約書のことが書かれている。

「日本の契約書には「もし本契約の期間中に、当事者のいずれかに本条項についての異議が生じた場合には、両者は誠意を持って協議するものとする」という条項が最後に書かれるのが一般的だが、アメリカ人にはこれは信じられないことのようだった。」 と書いている。

確かに私たちが目にする契約書にはこの一文が必ず入っていて、それは常識だと思っていたが、どうも世界的に見ればそういうことではないらしい。「MADE IN JAPAN」は1987年の著書だから、20年経過しても、この状況は変わっていない。

冷静に考えてみれば、この契約は変だ。 契約が契約であるならば、「もし本条項に違反した場合には、XXXXの賠償金を納める」のような書き方になっていないとおかしい。 それなのに日本の契約書は、「もし破ってしまうようなことがあっても、まあいいですよ。そのときは話し合いましょう」と言っているわけだ。 これでは厳密には約束にはならないので、論理を重んじる外国人には理解不能であろう。

私たちは日本人で日本でビジネスをしているから、それでいいではないかという考えもある。 実際多くの契約書は、それが問題になることはない。 ただ、どうもこの約束をはっきりさせないという日本独特のやり方がソフトウェア開発の契約では、少なからず問題を引き起こすように思われるのだ。

ソフトウェアプログラムの開発は極めて論理的な仕事で、論理が崩れると、その土台からやり直さなければならない事態に陥る。 このような世界で、契約面だけが非論理的であることに違和感を覚えるのだ。 ソフトウェア開発では、最初に要件定義や仕様書などを作成し、それに基づいてプログラミング作業が始まるわけだが、その要件定義や仕様書が途中でいとも簡単に変わってしまうのだ。 これが時として、「もし破ってしまうようなことがあっても、まあいいですよ。そのときは話し合いましょう」と笑ってすまされない事態を引き起こすように思われるのだ。

要件定義や仕様書を始まったら一切変えるなと主張するつもりはない。 実際そのようなものを開発の初期段階で全て把握して書くなんて誰にもできないし、それは馬鹿げている。  せめて、要件定義や仕様が変わったら、こうしましょうね、と約束しておくべきなのだ。

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組織図というもの

2007 年 5 月 2 日 水曜日

ロゴスウェアを始めた当初、私たちには組織図というものはなかった。 5、6人でやっていたので、それは必要ではなかった。 一人ひとりがいろいろな役割をこなさざるを得なく、何の役割を担うかは一人ひとりの強みに依存していた。  職務内容に人をアサインしていたのではなく、人に仕事をアサインしていた。

しばらくたって、人が増えてきたので、組織図なるものを作った。 面白いことに、組織図ができると仕事の効率は落ちた。 組織図がまずあって、それに人がアサインされている、という意識にとらわれてしまうようだ。  自分の役割を固定しすぎるのだ。 これでは組織は機動的ではない。 まずは人ありきであるべきだ。 一人ひとりの強みに合わせて仕事がアサインされ、それが組織図という形に表現できたら素晴らしい。  そのとき、組織図は綺麗な図ではないかもしれない。 また、頻繁に変わるかもしれない。

以前インテルで働いたとき、何度かアメリカで仕事をする機会があった。 私に用意された机にPCはあったのだが配線がしていなかったので、机の下にもぐりPCのAC電源を差したり、本体にモニターのケーブルを差したりしていた。 そのとき通りかかった人が言った。 「おいおい、おまえはテクニシャンか?」  どうも、アメリカではこの手の作業をするのはテクニシャンと呼ばれる職種の人たちで、エンジニアはそういうことはしないようなのだ。 馬鹿げていないか?

私たちは組織図を無くすことはできない。 それでは、あまりに無秩序すぎる。 ただ、組織図に縛られて身動きがとれないようにはしたくないのだ。

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子供のコミュニケーション能力のレベル

2007 年 5 月 1 日 火曜日

東京オフィスに通勤するときに利用するつくばエクスプレスの中では、日経新聞を読んでいることが多い。 日経新聞のスポーツ欄にあるコラムはときどきとても面白い。

ある日のコラムは次のようなものだった。

「サッカーの2000年アジアカップのためにレバノンに行った。 あるタクシー運転手の家庭の夕食に招待された。 食事の用意の間、15歳の少年が我々の相手を引き受けた。 異邦人の我々を前に、少年は臆せず、レバノンの教育事情を語り、日本のことを尋ねた。 はたして日本の中学生にこれができるのか。 海外にでると子供たちのコミュニケーション能力の高さに気づく。 社会を意識し、社会とつながり、自己表現する力が養われている。彼らのレベルが高いのではない。 日本の子供たちのレベルが低いのだ。」

スポーツ中継での選手のインタビュー、映画スターへのインタビュー、・・・・・・テレビでよく見るシーンだが、外国人の受け答えは見事であることが多い。 日本では、会社で、新入社員に対してひどく初歩的なコミュニケーション教育をしなければならない場合が多い。 できない状態にしておくことはまずいので会社はそれを行わざるを得ないが、正常な状態ではない。  日本の学校教育のどこか、あるいは家庭教育のどこか、あるいは社会教育のどこかに、何らかの欠陥がある。  これを当然のことと考えてはいけない。 解決すべきものである。

22歳の段階で、日本人と外国人の間に、逆転不可能なほどのコミュニケーション能力の差をつけてはいけない。

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