2007 年 6 月 のアーカイブ

ネガティブパワーには注意を払え

2007 年 6 月 30 日 土曜日

人間は誰にだって、新たなものに挑戦してみよう、現状を打破してもっと素晴らしいものにしよう、という前向きな力、ポジティブパワーがある。

一方で人間は、変わったことはしたくない、このまま無難にしていればいいじゃないか、やっても無駄じゃないか、新しいことをするのは億劫だ、というような否定的な力、ネガティブパワーも持っている。

私の実感としては、ポジティブパワーはまわりの2~3人の人間に影響を及ぼすが、ネガティブパワーはまわりの10人の人間に影響を及ぼす。

一般に、会社の規模が大きく社員数が多いほど、ネガティブな雰囲気が蔓延し消極的になっているのはこのためであると思う。

ベンチャー企業のスタートアップ時などは夢と希望に溢れたポジティブパワーに満ちているのが普通だ。 少人数の社員しかいない中に、ポジティブパワーが強い創業者、起業家の影響が色濃く反映されるからだ。

成長とともに社員数が増えていく段階で、ポジティブパワーが衰えないように細心の注意を払う必要がある。

第一に、ネガティブな人間を採用してしまわないように注意を払う必要がある。

第二に、会議、メール、会話、その他の日々のコミュニケーションを注意深く観察し、ネガティブな雰囲気を根絶するように行動することだ。

第三に、それでもネガティブな人間がいる場合は、その処遇について考えることだ。

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無常

2007 年 6 月 27 日 水曜日

仏教の重要な思想のひとつに「無常」がある。 あらゆる現象はとどまることなく常に変化し、そして消滅する、と説く。

仏教の開祖である釈迦は、紀元前463年に生まれたといわれている。今から2500年も前の昔だ。

無常をあえて教えるということは、2500年前の昔から人間は変化が嫌いだったのだろう。 人間は今も変化が嫌いだ。 技術はずいぶんと進化を遂げたが人間の心は2500年前から何も変わっていない。

今日の朝日新聞には、社会保険庁の労働組合と日教組のことが記事にある。

記事によれば、社会保険庁の年金記録問題の原因に関して、労働組合の存在が焦点の一つになってきているという。 年金手帳の統一、年金相談コーナーの設置、年金記録のオンライン化、・・・・・・このような取り組みに対して、社会保険庁の労働組合はことごとく反対してきたのだという。彼らが訴えてきた合理化反対、コンピュータ化反対、オンライン化反対の運動が今日のずさんな社会保険庁の年金記録の一因ではないかと論じている。

同じく、日教組に関する記事では、勤務評定への反対、主任制導入への反対、学力調査への反対、などあらゆる教育改革に反対してきた歴史が記されている。

いずれも「私は変わらない」人たちの典型だ。

あなたが守り通せるものなど何もない、あらゆるものは変化しつづけるのだ、と理解しなければ救われない。

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会社と社員のパートナーシップ

2007 年 6 月 25 日 月曜日

昔、学生の頃、経済学の授業で、「搾取」について講義を受けたことがる。マルクス経済学というものだ。資本制のもとでは資本家は労働者から搾取している、というのだ。

この考えによると、労働者は、一定期間(例えば、8時間とか)の労働力というものを売り、資本家はそれを買うのだという。資本家は、労働力を買ったのだから、その使用権を得てそれをどのようにでも使うことができる、という。資本家は、労働者への賃金支払に必要な労働力(例えば、これを5時間としよう)を超えた分(つまり、残り3時間分)を搾取するのだという。

共産主義やマルクス主義は、こんな考えで資本主義を批判するらしい。まったく馬鹿げている。

少なくても自分が会社員であったときにもそんな風に考えたことはなく、経営者になった今でもそんな風に考えることはない。

大体において、労働力を売買するという考え方に違和感がある。資本家と労働者階級をはっきり分けているのも気に入らない。そこからイメージされるのは、明治時代や昭和初期の頃の工場で、あくどい資本家に奴隷のようにこき使われる工場労働者たちだ。

あまりに古臭い考えなので、今や共産党でさえ「搾取」などという言葉は使わなくなったと思っていたが、どうもそうでもないようだ。労働法改革に対する労働組合などの反応は、ほとんど大昔の共産主義的考えそのままだ。

今、企業経営は会社と社員のパートナーシップに重点を置いている。お互いが協力して共通のミッションを達成するために共に働く関係だ。そして、会社は全てのステークホルダー(顧客、社員、株主)を幸福にするために存在するのだ。少なくても、ロゴスウェアではそうしたい。

私たちは未来に向かって進みたいのだ。進化した組織、進化した働き方が必要だ。大昔に戻るなんてごめんだ。

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戦略理論というもの

2007 年 6 月 21 日 木曜日

ソニー プレイステーションの生みの親、久夛良木健氏が6月19日をもってSCEの取締役から退任した。事実上、PS3の販売不振の責任をとっての辞任となる。

ソニーは、ここ数年、大きな二つの失敗を犯している。ウォークマンがアップル iPODに敗れたこと、PS3が 任天堂Wii に敗れたことだ。

この二つの事例は、おそらくこれから何年、何十年にわたり、経営戦略理論やイノベーション戦略理論の世界で繰り返し引き合いにだされるのであろう。

クレイトン・クリステンセンが提唱する破壊的イノベーション理論に照らし合わせれば、ソニーは、MD、メモリースティック、音楽事業、などの既存ビジネスを守ろうとするがために、ウォークマンは破壊的なイノベーション iPOD の前に敗れ去った、となる。ソニーはiPODのような製品・サービスを開発する全ての要素(小型薄型のモノを作る技術、インターネットビジネスのノウハウ、音楽コンテンツ、・・・・)を持っていて、それらは間違いなくアップルよりも格段に優れていたのだから、そのショックは大きかったのかもしれない。

PS3は3次元グラフィックスの性能向上にこだわった。製品の性能競争により、性能は顧客の満足度をいずれ大きく超える。そのときに、新市場を創造する破壊的イノベーションに敗れ去る、という理論も多くの人が理屈としては知っているものだ。Wii がPS3を置き去りにしてゲームの世界に新市場を開拓していく様は、まさにこの理論の通りだ。

それならば、なぜこれらのことは事前に警告されないのか?

破壊的イノベーション理論が書かれたクレイトン・クリステンセンの書物は世界的なベストセラーで、経営に携わる者、マーケティングに携わる者、イノベーションに携わる者にとってはあまりにも有名な理論だ。当然、優秀なソニーのスタッフたちがそれについて無知であることなど絶対にない。

既に起こってしまったことを振り返って見れば、いろいろな理論に照らして説明するのは簡単だ。ただ、理論を事前に活用し、未来をコントロールするのは極めて困難なのだ。

たぶん、戦略理論とはその程度のものだ。戦略理論は大変面白く、自分もこれまでに多くの書物を読んだし、たぶんこれからも読む。戦略理論がまったく役に立たないということは絶対にないが、理論を振りかざして経営を語る人には非常に違和感がある。

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掛け算の世界

2007 年 6 月 20 日 水曜日

経営戦略のこと、資金調達のこと、利益のこと、事業計画のこと、組織のこと、マーケティングのこと、テクノロジーのこと、イノベーションのこと、人材育成のこと、ミッションやビジョンのこと、人事のこと、営業のこと、製品開発のこと、プロジェクト管理のこと、品質管理のこと、リスク管理のこと、知的財産のこと、業務提携のこと、コンプライアンスのこと、・・・・・・・・・

経営者という職業に携わるものが関わる領域はあまりにも多い。

企業経営にとって何が大切かと問われれば、全てが大切だ。疎かにしていいものなど何もない。

よく言われるように、企業経営とは掛け算の世界だ。何かがゼロになれば、他の点数がどうであれ、掛け算としての結果はゼロとなる。

他の全てがうまくいっているのに、品質管理の問題でつまづくことは十分にありえる(不二家のように)。コンプライアンスでつまずくことも十分ありえる(コムスンやNOVAのように)。

これらを一人の人間が全て実行することは不可能なので、経営チームが必要になってくる。どれだけ早い段階で、どれだけ強力な経営チームを構築できるかはベンチャー企業の安定成長にとって最重要課題の一つだ。

ロゴスウェアとしても、抜かりの無いように

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恐怖心

2007 年 6 月 15 日 金曜日

「Qさま」というテレビ番組があり、その中にビビリ橋というシリーズがある。海上から高さ10mのところに幅45cmの細長い橋が作られる。その橋を芸人に渡らせ、そのビビリ具合を笑おうという趣向だ。

地上に置かれた幅45cmの橋ならば誰も怖がることはないが、それが高さ10mのところにあると足がすくんで動けない。

恐怖心というものは人間の行動に大きな影響を与える。地上にある45cmの橋と10mの高さにある45cmの橋。同じ橋でも、人間の行動はまったく違ったものになるのだ。

時間を浪費する人たちを研究した心理学者によれば、時間の浪費の問題は、いわゆるタイム・マネジメントとはまったく無関係であるという。時間の浪費は、往々にして心理的な葛藤が原因であり、時間管理のハウツウ本によるテクニックなどでは決して直せるものではないという。

時間を浪費する人たちが抱える原因は、傷つきやすい自尊心であったり、欠点を指摘されたり評価されたりすることへの恐怖心だったりするのだという。

恐怖心のせいで本来ならできることもできなくなるのはもったいない。人は恐怖心を克服する努力をしなければならない。一方、会社の中においては、人が抱える恐怖心を理解し、それを取り除く努力をしなければならない。

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他人を気にしすぎるのをやめよう

2007 年 6 月 14 日 木曜日

社会心理学での有名な実験に、次のようなものがる。

被験者4人に、一人1,000円を持たせる。

全員に寄付を呼びかけ、各々は自分の好きなだけの額を寄付する。 寄付をしないという選択もできる。

寄付されたお金は全員分が集められ、その合計額を2倍にする。

それが、4人に均等に分配される。

この実験の結果は、日本人とアメリカ人で大きな違いがでるのだという。

この実験を自分がどれだけの寄付をするかを他人が知ることができない環境で行ったときに、日本人のグループでは、寄付額の合計がアメリカ人のグループの合計よりもとても少ないのだという。 一方、自分の寄付額が他人に分かるような環境で行うと、日本人のグループの寄付額の合計は上がるという。

社会心理学者は、これらを踏まえて、日本人の社会は、信頼と協調の社会ではなく、相互監視による集団主義であると述べている。つまり、日本人の行動の基準となっているのは、個人の考え方や価値観によるのではなく、他人からどう見られるか、に強い影響を受けるのだという。

日本人は過度に他人のことを気にしすぎると思う。 他人と違うことをすることにひどく怯え、 自分の考えに自信がなく、人と議論するととても落ち込む。

多くの専門家は、これらの根本原因として、日本人の甘えの構造を指摘する。土居健郎著「甘えの構造」が30年ぶりに復刻した背景には、自己を確立できない日本人に対する危機感があるのかもしれない。

人と違っていていいじゃないか。

群れる必要なんてないじゃないか。

人より上か下かなんて関係ないじゃないか。

他人を気にしすぎるのはやめようじゃないか。

あなたはあなたらしくあればいいじゃないか。

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人はそれぞれ違うもの

2007 年 6 月 13 日 水曜日

「アメリカやヨーロッパの書物を翻訳をする上で最も悩むのは、聖書からの引用をどう翻訳するかである」と翻訳家の人が述べているのを聞いたことがある。

アメリカ人やヨーロッパ人が共通知識として知っている聖書の教えや伝説などが書物の中にはたくさん登場する。

聖杯伝説は、おそらく日本人が桃太郎の話を良く知っているように、彼らにとっては常識として知っているものなのだろう。あるいは、マグダラのマリアに対しての共通したイメージを持っているのだろう。これらがベースにないと、「ダヴィンチ・コード」は面白みに欠けるのかもしれない。

言葉で何かを伝えようとするときに、最終的に課題となるのは、このような背景、文化、価値観、歴史を共有しているかどうかとなる。

日本人どおしが日本語でコミュニケーションをするときにも、少なからず同様の問題があるようだ。文化や価値観は、会社が違えば異なる。職種が違えば異なる。年齢が違えば異なる。性別が違えば異なる。

私が聖書を読んだりするのは、昔、多様な人種、多様なな宗教、多様な国籍、の人たちと仕事をした経験からきている。彼らを理解しなければ真にコミュニケーションをとることが難しかったのだ。

私たちは、もう少し、自分と違う(会社、職種、年齢、性別、など)人たちを理解することに努力をした方が良い。円滑なコミュニケーションはそういう土台の上に築かれるものだ。決してハウツー本を読んだだけで得られるものではない。

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五蘊皆空

2007 年 6 月 11 日 月曜日

人間の行動の動機を理解する理論として、アブラハム・マズローの欲求段階説が引き合いに出されることが多い。人間は、生理的欲求(人間が生きる上での衣食住等の根源的な欲求)からスタートし、段階的に自己実現の欲求へと登っていくという理論だ。

これは正しいのかもしれない。人は最終的に自己実現の達成のために働くべきであるとは思う。

しかし、一方で、これは多くの人間にとって救済にはならないようにも思う。マズローも、自己実現を果たし自己超越の域に達する人は極めて少ない、と述べている。

多くの人は、モノ、金、地位、愛情などが手に入らないと嘆き、また一度手に入れても、それらを失うことを恐れて苦しむ。

そんなときに、仏教に素晴らしい教えがある。 「五蘊皆空(ごうんかいくう)」というものだ。

五蘊皆空は、般若心経の中に出てくる言葉だ。般若心経は、漢字262文字で構成された大変短い文で、大般若経と呼ばれる全600巻にもおよぶ大乗仏教の経典のエッセンスを凝縮したものであるという。五蘊とは、五つの集まりという意味で、簡単に言うと、物質とあやゆる精神のことだ。五蘊皆空とは、それらはすべて「空(くう)」であると言っている。

「空(くう)」の思想は、仏教の根幹を成すものだ。それを理解することは悟りの境地に達するということで、とても難しいことなのだろうが、勝手に解釈すれば、「あらゆるものは、すべて移り変わり、いずれ失うような実体のないものである。したがって、そんなものに執着しても無駄である。執着しても無駄なものに執着するから苦しむ。一切のものはそのような実体のないものであると理解し、執着しなければ苦しむこともない。」というようなことである(と思う)。

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自ら変化せよ

2007 年 6 月 10 日 日曜日

「世界に変化を望むのであれば、自らがその変化の一部となれ」

非暴力・不服従を提唱し、インド独立運動を指揮した偉大なる宗教家、政治指導者 マハトマ・ガンジーの言葉である。

私たちには変化させたいものがたくさんある。人間が行ってきた行為はいつも完璧ではないからだ。地球環境を変えたいし、先進国と途上国の格差問題を変えたい。身近なところでは、会社の文化を変えたいと思っている人もいるだろうし、人間関係を変えたいと思う人もいるだろうし、会議のやり方を変えたいと思う人もいるだろう。

私たちは、変えられない原因を他人や環境のせいにしていないだろうか。「あの人が悪いから変わらない」、「これがあるから変えられない」、などと考えていないだろうか。「私は変わらない。でも、私のまわりには変わって欲しい」などと願っていないだろうか。

もし、私たち全員が「私は変わらない。でも、私のまわりには変わって欲しい」という考えに立ったらどうなるのか?

答えは簡単である。 何も変わらないのだ。

ガンジーの教えは理にかなっている。自らが変わらない限り、結局何も変わらないのだから。

ロゴスウェアでは、重要な価値観として、主体性を掲げている。一人ひとりに変化の一部となって欲しいからだ。

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