渋滞学


渋滞学なる研究分野がある。 車の渋滞、スーパーのレジ、朝の満員電車、エレベータの待ち行列、インターネット、・・・・と確かに世の中いろいろなところに渋滞するところがあり、そのメカニズムを教えてくれるのはありがたい。

仕事のことでいえば、情報の伝達の渋滞は気にしなければならない。

ある人を経由しなければいけないような場合は必ずそこで渋滞になる。 そこを経由することが習慣のようになっていると、それを疑問にさえ思わない場合もある。

ある人は自分の手元をいかに早く通過させるかだけを考えて、別のどこかに流れのボトルネックを作り出している。そして、そのことに気づいてさえいない。

考え方を変えてみよう。 大事なことは「全体のスループット時間」である。

今の情報の伝達経路は、本当に、絶対にそうしなければいけないものなのか考えてみよう。

もっと別の経路があるんじゃないか、あるいはそこをバイパスしてしまっていいんじゃないかと考えてみよう。

自分の手元を素早く通過させることだけを考えて、全体の流れを悪くしていないか考えてみよう。

複数台のエレベータがあったとき、各エレベータが自分のところだけの最適化を考えてプログラムすると団子運転状態(複数台のエレベータの動きが同じになってしまうこと)になるのだという。 これを解消するために、各エレベータの動きは他のエレベータの動きを考慮しながらプログラムされるのだという。

仕事の中での情報の流れも同じだ。各自が自分の最適化だけを考えて行動すると、全体のスループットを悪くすることはたくさんある。

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目標を設定する


「格差を是正する」ということが大事な政治目標になっている。 自民党総裁選でもそういうことになっている。 どういうことを意味するのか分かるようでいて、はっきりとは分からない。 自分のイメージする「格差が是正された」は、別の誰かの「格差が是正された」イメージとはきっと違う。 しかし、誰もそれについて聞かないようだ。

ロゴスウェアでは、四半期ごとに全員が目標を書くことになっている(MBOと呼んでいる)。  もし、「格差を是正する」のような曖昧なものを書いてきたら、私は3分間は文句を言わなければならない。

それは「所得税の最高税率を60%に上げる」ということなのか、「公共事業予算を10兆円にする」ということなのか、「年収300万円以下の家庭の教育費、医療費は無料にする」ということなのか、何なのかを問わなければならない。

やったのか、やらなかったのか、はっきりしないような目標を書いてはいけない。

政治の世界では結果として実現できなかったら問題になるから曖昧さを残さざるを得ないのかもしれない。 が、ロゴスウェアの中でだったら全然問題ない。 最善の方法をとっても達成できないこともある。 運というものもある。 そんなことで個人が責任追及されることはない。

正しくはっきりした目標設定することが私たちには最も大切なことだ。

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書く習慣


先日亡くなった作詞家 阿久悠氏は大変なメモ魔であったという。

おそらく寝ているとき以外は詞のことを考えていたのだ。電車の中つり広告を見ていても、雑誌を読んでいても、テレビを見ていても、新聞を読んでいても、いつも詩のヒントを考えていたのだ。 アイデアはいつ思いつくかわからない。思いついたらいつでもメモしておかないと怖いのだ。

昔も今も、アメリカでも日本でも、できるビジネスマンには一つの共通した習慣がある。「書いて残す」という習慣だ。

ミーティングを行うとき、参加者はメモを書き込まなければならない。書く行為は情報を消化するために役に立つ。何かを書こうとすれば情報を論理的に分析せざるを得ない。電話で顧客と話しをするときも同じだ。書く行為によって情報が整理され、何を話すべきか、聞き漏らしていることはないかを整理できる。

ウィークリーレポート(ロゴスウェアでは全員が1週間の活動内容、次週の計画、イシューを毎週SNSに書くことを義務つけられている)は情報共有という利点に加えて、書く行為そのものが重要となる。1週間単位で自分の活動を振り返り次の計画を練る行為は、自分が目標に向かって正しく進んでいるのかを考える良い機会を与える。

何かを計画するときに、紙に書く行為は物事を視覚的にとらえることができる。それは、ツリー状になっていたり、表になっていたり、マップ状になっていたりする。物事を考えるフレームワークを視覚的にとらえると新しい発想が生まれる。

良い仕事がしたかったら書く行為を習慣づけることだ。構造を考えながら書くと良い。

そういう意味で私は書かない人間をあまり信用していない。

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イシューというもの


ロゴスウェアでは、日々の仕事のやり方は一人ひとりの裁量にまかされているが、守らなければいけないいくつかの約束はある。 その一つは、ウィークリーレポートを書くということだ。 毎週金曜日に、その週に達成したこと、次に達成しなければならないこと、そしてイシューを記載して全員に公開しなければならない (今は、これはSNS上で公開されている)。

issue を英語辞書で調べれば、「論争点」、「問題点」といった意味が記されている。 誤解を招く可能性があるので、私たちは、そのまま英語で issue イシューと呼んでいる。  論争点や問題点と言うと、何かひどくネガティブな印象を与えがちであるし、何かまずいこと、何かトラブルになっていることを指摘さえすればよいというような誤解を与える。 私たちが、イシューで書くべきことはそのようなことではない。

ここに何かうまくことが運んでいない事象があったとしよう。 それってどういうことだろうか?  重大なことなのか、些細なことなのか、急を要するのか、ゆっくり考えればいいのか、影響を与える範囲はどの程度なのか、そのようなことを知らなければならない。 そして、イシューとは、そのようなものに対して、どういうポイントで考えればいいのだろうか、どういう視点で考えればいいのだろうか、を指摘することである。

例えば、ある製品の品質が悪化しているという問題が発生したとしよう。 イシューで指摘すべきは、単に「品質に問題がある」と記載することではない。 これをどのようなポイントで考えるべきだろうか。 人的リソースなのだろうか、開発プロセスなのだろうか、あるいは何か別の考慮すべきポイントがあるのだろうか、イシューとはそういうことを指摘することである。

これは、私たちにとっては一石二鳥である。  第一に、 会社のいろいろなプロセス上の問題が解決する。 第二に、これを繰り返すと、一人ひとりの論理思考能力は自然と鍛えられる。

とはいっても、優れたイシューを誰でもすぐに書けるものではない。 習熟度の低い時点での典型は 「特にありません」だ。 イシューがどれだけ書けるかはその人の習熟度のバロメータにもなる。

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大事なことは中を調べよ


前の会社に勤めていて、まだエンジニアをしていた頃に聞いた話である。 その頃は、ノートPCを設計するのはまだ技術的にかなり難しかった。 どうやって放熱するのか? どうやればプリント基板を小さいスペースに押し込めるのか? どんな部品を使うと小さくできるのか?  どうやって使っていない部品への電源供給を停止するのか?

ある時、社員のある者が台湾の会社との打合せのために出張した。 そのとき、ノートPCの新製品を持参した。 その製品はかなりの出来栄えで、とても小さく、薄く、そして電力消費が少なかった。

会議は長時間に及んだため、昼休みをとり部屋に戻ると、なんと持参したノートPCが、その台湾の会社の者たちによって分解されていた。 「何をしてるんだ?」と問い詰めると、「どうやって設計されているのか中を見ていたんだ」と事も無げに答えたと言う。

今回のメッセージは、「他人のものを勝手に分解せよ」 ではない。 「大事なことは中を調べよ」である。

今、あらゆることが複雑になってしまったので、全てを分解して理解しようとしていたら、それで一生終わってしまうかもしれない。 自動車がどういうメカニズムで走るかを知らなくても特に不便でもなく、テレビがどういうメカニズムで映像を映すのかをしらなくても何も困りはしない。 ただ、自分にとって大事なことだけは、ブラックボックスにしないで、中を調べた方が良い。

技術者はビジネスというものをブラックボックス化しすぎる。 マーケティングやセールス担当者はテクノロジーをブラックボックス化しすぎる。 以前は、これでも通用したかもしれない。 なぜならば製品は単一機能で動き、ビジネスモデルは単純であった。

今や製品やサービスはネットワーク化している。 特にIT系の製品はそうなのだ。 他社の製品と自在に連結したりもする。 そうなってくると、ビジネスモデルも複雑化する。 昔のように、単体製品に値段をつけて店で売ればいいというわけにはいかない。 どこに収益を生む仕掛けを作っておくかは、テクノロジーを知らずして語れない。 逆に、ビジネスモデルを考慮せずに製品を開発しても価値を生み出さない。

大事なことは中を調べよ

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